リーザ・デラ・カーザ

 『レコード芸術』のアニヴァーサリー演奏家のコーナーで、リーザ・デラ・カーザの記事を読みました。
 リーザ・デラ・カーザは、ことし生誕100年を迎えたソプラノ歌手です。カーザは、9歳のときに「サロメ」を見て、サロメを踊るために歌を習いたいと父に申し出たといいます。そうして音楽の道に進み、歌手としてデビューしたのは、1941年の「蝶々夫人」の題名役で、彼女の名前がヨーロッパ中に知れ渡るようになったのは、1947年のザルツブルク音楽祭での「アラベラ」だったそうです。ただし、このときに歌ったのは、アラベラではなく、ズデンカです。このときR.シュトラウスは、一目見たときからこの歌手の素質を見抜き、この若い娘はいずれわたしのアラベラになるだろう、といったと言います。それはみごとに的中し、最高のアラベラといわれるようになるのです。
 カーザが、初めてアラベラを歌ったのは、1950年で、この役に必要なものを有り余るほど持ち合わせた時枠的なアラベラ、と絶賛されるのです。そして、1958年のザルツブルク音楽祭では、のちのちまで語り草となる伝説的な公演が実現します。相手役だったフィッシャー=ディースカウとはその後も共演しますが、2人にはリハーサルの必要がなかったと言います。
 カーザは、1974年、キャリアの頂点で突然引退してしまいます。その主な理由は、娘に難病が発覚し、一緒に旅行することができなくなったからだそうです。歌うことより、家族を守ることを優先したのです。なかなかできないことだと思います。

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