ジュゼッペ・ディ・ステファノ

 『レコード芸術』のアニヴァーサリー演奏家の コーナーで、ジュゼッペ・ディ・ステファノの記事を読みました。
 今年は、ディ・ステファノの生誕100年にあたります。
 冒頭に、ディ・ステファノといえば、EMIのイタリア・オペラ全曲盤で、マリア・カラスとコンビを組んでいた歌手、という印象が強いのではないだろうか、と書かれています。わたしも、あとからの印象ですが、そんな感じがします。
 2人は、ミラノ・スカラ座の舞台でも最高の人気を誇ったといいます。ただし、レコードと違い、2人の共演はわずかだったということです。というのは、2人はそれぞれにたいへんな集客力があったことから、スカラ座があえて共演をさせなかったのだそうです。
 シチリア島の貧しい家に生まれ、6歳のときに家族でミラノに移住し、神父を目指していましたが、生来の美声を認められて、歌手の道を志したということです。第二次世界大戦には兵士となりますが、イタリアが降伏するとスイスに亡命し、ここでテノール歌手として頭角をあらわします。終戦後帰国し、1947年にスカラ座、翌年メトロポリタン歌劇場にデビューすると大評判となり、スター歌手となります。
 しかし、放恣な性格と行状が、しだいに音楽界の信用と評価を下げていきます。1959年からカラスが、イタリア・オペラのステレオでの再録音を開始しますが、相手役にディ・ステファノが起用されることはありませんでした。1974年に、カラスとコンサート・ツアーを行って初来日しますが、2人とも全盛期の声にはほど遠かったといいます。
 2004年、ケニアの自宅で強盗に襲われ、長く昏睡状態となってしまいます。目覚めた後も健康は回復せず、事件の4年後に亡くなってしまうのです。そんな亡くなり方だったとは、すっかり忘れていました。

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