これは、「惜別」のコーナーの、10月に92歳で亡くなったハイティンクの追悼記事です。
楽団の色を変えようなどと思ってはいけない、楽団の個性を見抜き、花を咲かせるのがわたしの仕事、楽員たちに動きや気配で胸のうちを伝えるのは、生涯の修行です、と80歳のときの取材にはつらつとした口調で答えたといいます。
1962年から2015年まで13回の来日を重ねたということです。長く招へいを務めた方は、音楽に生きることの幸福を身をもって伝え、その連鎖を世界に広げ続けた人、こんな幸せな人生を歩んだ指揮者もめずらしいんじゃないかな、と言ったそうです。
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