今年は、ランパルの生誕100年にあたります。
ランパルは、黄金のフルーティストと呼ばれたように、フルートという楽器を、重要な独奏楽器として一躍メジャーにした最大の功績者だといいます。何度も来日し、東京文化会館の大ホールを毎回満員にするという偉業は、いまとなっては夢物語だということです。
マルセイユに生まれ、6歳のときにフルートを手にしますが、かなり知られたフルート奏者だった父は、息子の手から取り上げてしまったといいます。父が教えていたマルセイユ音楽院に入学しても、他の生徒といっしょに一人15分ずつ演奏させてアドバイスするだけだったということです。それでも、自宅で吹いていると、遠くから注意したり、デュエットを吹いてくれることもあったといいます。
ランパルの唇はフルートに適しているため、音の出し方を学ぶ必要はさほどなかったそうです。フィンガリングやブレス・コントロールは、勉強しなければなりませんでしたが、単調な練習はあまり好きではなかったようです。
ランパルというと、スリムで軽い音とイメージがありますが、それはキャリアの後半、とくに1970年代後半以降のことで、初期の録音では、ひじょうにまろやかで太い低音が印象的だといいます。
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