アルトゥール・ルービンシュタイン

 『ピアニスト おもしろ雑学事典』で、アルトゥール・ルービンシュタインのエピソードを読みました。
 ルービンシュタインといえば、たいへん有名なピアニストですから、いままでにもいろいろ読んだことがあり、ワイン通であるとか、プレイボーイだったとか、成功したあとちょっと惰性で弾いていたようなときもあったけれど、また必死に練習に取り組んだとか、80代後半まで現役だったとかいうことはだいたい知っていました。
 知らなかったこととしては、まず、ユダヤ人として苦労したということです。そのなかでも、ロシアのコンクールで1位となりながら、ユダヤ人だというので、「賞状のみ授与して五千フランの賞金は与えず、第一位に伴うヨーロッパ各都市での四十回のコンサート出演契約も白紙に」されてしまうということがあったというのです。現在なら考えられないことだと思います。
 もう一つ日本がらみでは、1936年のアジア演奏旅行のときに日本にも来たのですが、1人の出迎えもありませんでした。ところが、「それが列車違いのためとわかってひそかに横浜まで戻って到着のやり直しを演じ、千人もの歓呼の声に迎えられる茶番劇」があったというのです。こちらのエピソードは、単純におかしくて笑ってしまいます。
 そんなエピソードを読んでいるとより親しみがわいてきて、ルービンシュタインのCDは、ショパンのノクターンとポロネーズくらいしか持っていないので、もう少しほしいなと思ってしまいます。

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