ウィレム・メンゲルベルク

 『レコード芸術』のアニヴァーサリー演奏家のコーナーで、ウィレム・メンゲルベルクの記事を読みました。
 今年は、メンゲルベルクの生誕150年にあたります。
 オランダのユトレヒトに生まれ、父方には芸術家が多く、母方には音楽家が多かったといいます。父親は、音楽は趣味の範囲にとどめるべきだと考えていましたが、周囲の勧めもあって、メンゲルベルクは、ユトレヒトの音楽院、そいてケルンの音楽院に入学し、職業音楽家の道を目指すことになります。
 1892年に音楽院を卒業すると、ルツェルン市音楽監督のポストを得てスイスにわたります。市の音楽環境を著しく向上させますが、メディアとの折り合いが悪く、1895年には音楽監督を辞任します。アムステルダムへ向かい、アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団の第2代指揮者に就任し、半世紀に及ぶコンビが誕生します。
 R.シュトラウスが、コンセルトヘボウ管に客演すると、メンゲルベルクは、客演継続を理事会に主張します。R.シュトラウスも、メンゲルベルクの卓抜な指揮に深い感銘を受け、当時作曲中だった「英雄の生涯」を彼らに献呈することを申し出るとともに、彼らを国外に客演に招くようになるのです。のちには、R.シュトラウスの推挙により、マーラーとの関係も作られることになるのです。

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