『カラヤンとショルティの「仮面舞踏会」』

 『レコード芸術』の「レコード誕生物語」に『カラヤンとショルティの「仮面舞踏会」』が取り上げられていました。
 ヴェルディの「仮面舞踏会」は、ボストンを舞台とした植民地の総督が主人公の物語ですが、そのもとになったのは、オベールの歌劇「ギュスターヴ3世もしくは仮面舞踏会」で、実在のスウェーデン国王グスタフ3世が仮面舞踏会の最中に銃撃されて2週間後に没したという事件を扱い、脚色(理由を既婚の国王と伯爵夫人の不倫とした)ものなのだそうです。
 カラヤンは、駆け出しのころに「仮面舞踏会」を振ったということですが、楽団の覇者となったからには、原作のスウェーデンに戻した世界一のステージが必要だと考え、ザルツブルク音楽祭を考えるのです。前年の1988年からカラヤンは、体調不良の兆候を見せていたといいます。それでも、1989年1月から2月にかけて「仮面舞踏会」のスタジオ録音を行います。しかし、1989年7月16日、予定されていたゲネプロの数時間前に、カラヤンは突然の発作で息を引き取ってしまいます。
 カラヤンの代役には、ショルティが選ばれます。ショルティは、初めアバドやムーティを推薦したが、受け入れられなかったといいます。ショルティは、みごと大役をやり遂げるのです。このときの舞台は、歌手たちの豪華な衣装だけでなく、国王の私室から宮殿大広間への舞台転換をわずか50秒で実現したのだといいます。それは、カラヤンが、人生の最後に、最大級の貢献をオペラ界にもたらしたといわれるそうです。
 カラヤン好きのわたしですが、この話は、たしか知らなかったと思うので、とても興味深く読みました。

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